とろろ豆腐百珍

読んだ本の感想などを書きます

刺青殺人事件、十三角関係

 高木彬光の『刺青殺人事件』と山田風太郎の『十三角関係』を読んだ。

 どちらも戦後に登場した新人推理作家がほぼ初めて書いた長編作品(刺青殺人事件は1948年の高木彬光のデビュー作、十三角関係は1956年の山田風太郎初単独長編)で、題材も似ているだけにそれぞれの特徴が感じられて面白かった。

 

 刺青殺人事件では、背中に美しい大蛇の刺青を彫った女が密室で殺され、頭と手足を残して胴体だけが事件現場から消失してしまう。刺青の美に魅せられた男たち・女たちの心理とともに、胴体消失トリックが大きな謎として描かれる。

 十三角関係は、美女の両手、両足、首がぶら下げられた風車がゆっくりと回る凄惨なシーンから物語が始まる。なぜ女王のように畏れられていた被害者がこれほど惨い殺され方をされなければならなかったかという動機が、事件の真相と結びついている。

 

 両方読みくらべると、やっぱ山田風太郎は圧倒的に文章が上手い。

 

 赤い風車はまわる。あれは一本の足ではないか。つぎの羽根の吊っているのも、人間の足ではないか。恐ろしい十字架はまわる。そのつぎは、腸詰みたいにたばねた二本の腕ではないか。そして最後に、真紅の毫光にもえたつようにみえるのは、美しい女の首ではなかったか?

 

 この見てきたような語りに、冒頭からぐぐっと引き込まれてしまう。しかもこれ、「真紅の毫光」は漢字なのに「もえたつ」はひらがなだったりして、後年の『甲賀忍法帖』の文章について冲方丁が評した「読み手に可能な限り労力をしいず、若年層にも入りやすく、わくわくする印象的フレーズに注目させる」技術がすでに使われている……!

 二重の密室状況が登場したり、大小の謎を一つずつ名探偵が鮮やかに解決していったりと本格推理小説としては刺青殺人事件のほうがちゃんとしているのだが、十三角関係の思わず引き込まれるような描写力はない。

 十三角関係の前に書かれた二人の合作長編『悪霊の群』では彬光がプロット、風太郎が文章を担当したようだが、お互いの長所がはっきりしていて面白い。

 風太郎が日記(『戦中派復興日記』昭和26年6月1日)に『刺青殺人事件』、江戸川乱歩『陰獣』、横溝正史『本陣殺人事件』の紋切り表現を羅列して当時の探偵小説の稚拙さを批判していたのも、それだけ同業者の中で自分の文章に自信があったということだろう。

 ところで、この二人はお互いの家をしょっちゅう行き来するほど仲がよかったようだ。昭和26年8月末には悪霊の群の相談もかねて、2泊3日の熱海旅行をしている。このとき彬光の従妹・幸子と三人で遊んでいるのだが、その半月後なんと彬光が幸子と不倫関係にあったことが発覚する。

 

 朝、高木夫妻来る。相手の女は幸子嬢なりと、ナーンダと思う。しかし、そのあとでナーンダと思われない話になった。彬光、女に刺青あるにあらざれば魅力感ぜず、よって幸子嬢、背中全面に刺青を入る。何たる馬鹿な女なりや。いじらしきこともいじらしけれど、彬光の病癖よりも、女どもに呆れかえりて二の句がつげず。

(戦中派復興日記、昭和26年9月17日)

 

 刺青殺人事件には何人もの自称「刺青マニア」が登場するが、まさか作者本人がマニアの筆頭だとは夢にも思わなかった。性癖で創作している作家は強い。