とろろ豆腐百珍

読んだ本の感想などを書きます

因習、横溝、寝取られ

 今度「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を観に行くつもりだ。映画を観た人の感想によく出てくるいわゆる「因習村」について、なんとなくのイメージはあるものの具体的な映画や小説で触れたことがなかったため、この機会に「因習村」といえば……とよく名前があがる横溝正史の作品を見ている。

 とりあえず年末は映画の「八つ墓村」(渥美清金田一耕助役のバージョン)を見た。八つ墓村は人口128人の集落にしてはたくさん若者がいて活気があるね。想像とちがって全然因習はなかったし、ブチギレたおじさんがライフルと日本刀で村人を殺しまくるのは陰湿でなくむしろ爽快。

 大晦日から元旦にかけては文庫本の『本陣殺人事件』を読んでいた。表題作の「本陣殺人事件」は金田一耕助の初登場作。このトリックは海外のこれとこれとこの探偵小説が参考にされていて……といった種明かしが小説の中でされていたり、機械的トリックが使われた密室の殺人の是非について登場人物どうしが議論したり、日本でも本格探偵小説を書くんだという気合いがひしひしと感じられた。

農村へ入って見給え、都会ではほとんど死滅語となっている「家柄」という言葉が、いかにいまなお生き生きと生きているか、そしてそれがいかに万事を支配しているかを諸君は知られるだろう。*1

 と農村の「封建的な空気」については語られるものの、この村にも因習はないですね。嫁が処女じゃなかったから、が事件の動機になる戦前日本そのものが因習的といえばその通り。

 同時収録の「車井戸はなぜ軋る」は少女の手紙という形で登場人物の心の揺れ動きが描かれていて、こちらのほうが好みだった。手紙の書き手である鶴代さんはいい子なだけに最後が不憫だ。「車井戸」も「本陣」と同じく農村が舞台で、没落した旧家と土地持ちの確執といった要素は、「本陣」の村よりも読む前に想像していた横溝ワールドの村に近い。まあでもこの村も別に因習のある村ではなかった。

「車井戸はなぜ軋る」には旧時代的な因習よりも、むしろ戦後の新しい世相が反映されているのがおもしろかった。復員兵とその家族がお互いの知り得ない過去を想像して、疑い合うというのは、当時いろいろなところで起きていた問題だったのだと思う。

『「ごめんなさいアナタ……」故郷に残った銃後の妻が、母の指令で義弟に嫌嫌寝取られ!』な、特殊性癖右翼向けシチュエーションAVみたいな展開も戦後社会では日常茶飯事。

 

 

 

*1:横溝正史『本陣殺人事件』角川文庫、1996年改版、p18。