とろろ豆腐百珍

読んだ本の感想などを書きます

次は拳骨にしたいと思います(山下泰平『舞姫の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』)

 

 
 聞いてくださいみなさん。なんと、「舞姫の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在した」らしいですよ。

 しかも「舞姫の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本」がつい最近発売されたようです。

 もともと著者の山下泰平さんはご自身のブログで「舞姫の主人公をボコボコにする最高の小説が明治41年に書かれていたので1万文字くらいかけて紹介」したり「新年明けましておめでたすぎるのでお正月向けめでたい明治の娯楽作品を紹介」したり「1980年の青年にスマホゲームの面白さを伝えるのは難しいので大正12年の魔法少女の物語を公開」したりしていたのですが、今度ついに「舞姫の主人公バンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本」というめちゃくちゃ面白い本に結実したみたいです。

 これには最近「もしも森鴎外が「魔法少女まどか☆マギカ」を観てから「舞姫」を書いたら」というトンチキ小説を書いた私もビックリです。

yudoufu.hatenablog.com

 さて、山下さんの元記事を読めばわかる通り、「舞姫の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説」とは星塔小史作・「蛮カラ奇旅行」のことのようだ。

ストーリーは単純明快だ。主人公が貧乏だったり、新しい文明を見たりする設定に読者も飽きているから、現在の貨幣価値で五〇万円ほどの金を持つメチャ強い奴が、海外の都市を普通に旅行しながら外人を殴ったらウケるだろといった荒いもので、殴る以外はただの旅行になってしまっている。

(山下泰平『舞姫の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』p228)

 

ある日のこと、島村隼人はそもそもハイカラとはなにかと考えた。ハイカラを一言で説明すると、西洋風に生活する気取った人間だ。だったらハイカラの元凶である西洋人を殴ったら蛮カラの勝ちでは?白人殴るか殺すかしたらハイカラとか絶滅するだろ、直接殴ったら終りじゃという狂った結論に達してしまい、島村隼人はハイカラ討伐の旅に出る。

舞姫の主人公をボコボコにする最高の小説が明治41年に書かれていたので1万文字くらいかけて紹介する - 山下泰平の趣味の方法

 
 単純明快すぎて訳がわからない。
 この本が恐ろしいのは、次から次へと紹介される明治の狂った物語を読み進めるうちに、明治娯楽物語の世界ではこの程度の乱暴さは常識の範囲内、むしろ「抑えられた」方だったらしく思えてくることだ。

 肩幅が身長より大きい豆腐豪傑が徳川侍を殺しまくり琉球を征服する話やスリ、密告、恐喝、殺人、強姦、逃亡、土下座しかしないこそ泥「閻魔の彦」が主人公の話と比べると、バンカラがむかつくから拳骨でハイカを殴るなどごく自然のことだ。

 実は「舞姫の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説」は当時にしては抑制された筆致と禁欲的な文体で書かれた小説だったのである。
 この本を読み終えた後では、現代にありふれた「驚愕の展開」「ラスト10ページ、見えていた世界が一変する」「この小説、凄すぎてコピーが書けません」といった謳い文句の物語では決して満足できなくなるに違いない。

 バンカラと黒人が世界統一倶楽部を結成してハイカラを惨殺する以上に驚愕の展開はなかなかないし、閻魔の彦はラスト10ページどころか最後の一行まで改心しないクズ野郎だし、ミクロ化した弥次喜多が頭蓋骨から爪先までを巡って宇宙旅行の末キリストになるに至ってはコピーを書くのも馬鹿らしくなるだろう。
 ああ、それにしても、舞姫のエリスがキュゥべえに騙され魔法少女になってドイツ三部作のヒロインと共闘する小説を雅文体で書いたら面白いんじゃね程度の発想しかできなかった自分の浅はかさが情けない。

 まさか豊太郎を直接的な暴力でボコボコにすれば全てが解決したなんて。
 次は拳骨にしたいと思います。