とろろ豆腐百珍

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東京事変「群青日和」の謎を解く――突き刺す十二月と伊勢丹の息が生む魔物

はじめに

 東京事変の楽曲「群青日和」の歌詞は謎に満ちている。


 一見したところ東京に生きる「わたし」と「あなた」のすれ違いを描いているようだが、個々のフレーズは「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」「高い無料の論理」とそれ自体が曖昧で矛盾をはらんだものになっているのである。



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突き刺す十二月と伊勢丹の息が生む魔物

 歌詞の謎を解くヒントになるのが、サビの後に挿入される「突き刺す十二月と伊勢丹の息が合わさる衝突地点 少しあなたを思い出す体感温度」というフレーズだ。十二月の刺すような冷気と、百貨店のビルから吐出される人いきれの暖気が合流する地点。主人公の「わたし」はその温度を肌で感じて「あなた」のことを思い出している。


 この「あなた」とは一体何者なのか?その答えは「冷気と暖気が合流する」という点に注目することで自ずと明らかになる。冷気と暖気、氷と炎、相反する2つの力を兼ね備えた存在といえば……そう、群青日和で想起される「あなた」とは、氷炎将軍フレイザードその人に違いあるまい。

氷炎将軍フレイザー

ダイの大冒険』を知らない方のために補足すると、フレイザードとは魔王ハドラーの禁呪法によって生み出されたエネルギー岩石生命体であり、左半身が燃え盛る高熱の岩石、右半身が凍結した氷の岩石で構成されている。もちろん、「あなた」とフレイザードを結び付けるのはその容姿だけではない。ハドラーによってこの世に生み出されて1年余りのフレイザードは、魁偉な容貌とは裏腹に残虐な戦い方を好む幼稚な精神性の持主だ。「炎のような凶暴さと氷のような冷徹さを併せ持った男」と評される人柄も含めて、「群青日和」の歌詞が表現する曖昧さや矛盾といったテーマと相通じる存在なのである。

フレイザードの高い無料の論理

 1番の歌詞に目を戻すと、「泣きたい気持ちは連なって冬に雨を齎している」という「わたし」の言葉に、「あなた」は「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」と答えている。そんな「あなた」の返答を「わたし」は「答にならぬ”高い無料の論理”」だと断じ、「嘘を嘘だといなす」態度で「即刻関係のないヒト」となってしまうと呆れているのである。


「あなた」の正体がフレイザードだとすると、この部分はどのように解釈できるだろうか。ここで思い出されるのが、『ダイの大冒険』でフレイザード以前に登場した敵役たちのことである。誇り高い獣王クロコダインは、勝利のために卑劣な人質作戦をとったことを恥じて自ら身を投げた。心優しい魔物に育てられた人間の子ヒュンケルは、父の仇を討つために勇者に刃を向けた。彼らは勇者の敵でありながら一面の正義のために戦っていたといえるだろう。ところがフレイザードは勝つためなら手段を選ばない。人質は平気でとるし、命乞いや騙し討ちも平然と行う。正々堂々戦えないのかという非難に対して豪語した「オレは戦うのが好きなんじゃねぇんだ…勝つのが好きなんだよォォっ!!!」という言葉がフレイザードの本質を表しているだろう。


「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」は、正義という筋の通った理屈にこだわって敗れるよりも、どんな手を使ってでも勝つ「あなた」の人柄が表れた言葉なのだ。つまり「オレは戦うのが好きなんじゃねぇんだ……勝つのが好きなんだよォォっ!!!」を意訳すると「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」になる。


 しかし、そんな「あなた」の言い分は季節外れの雨に託して泣きたい気持ちを打ち明けた「わたし」の心に寄り添わない、「高い無料の論理」でしかない。それはちょうど、フレイザードが弱者に対して暴力を振るいながら「ここは戦場だ!殺し合いをするところだぜ 男も女も関係ねェ!強い奴が生きて弱い奴が死ぬんだよ!!」と迫ったようなものだ。「高い無料の論理」には正しさがあるばかりで、誰かに響くことがない。

教育して叱ってくれるのは誰?

 サビで「あなただってきっとそうさ」と歌うように、「わたし」は「あなた」を咎めながら、一方で自分自身も同じ身勝手さを持っていると感じているようである。相手の本当の気持ちに寄り添わず、曖昧な関係を維持するために誠実さを失ってしまった二人。誰かに「答は無いの?」と問うてみても返事はなく、正解へと導いてくれる存在はいない。だからこそ、「あなた」のことを思い出しながら「わたし」は、「ちゃんと教育して叱ってくれ」と叫ぶのだ。


 この叫びは誰に向けられたものなのか。当然「わたし」と同類の迷える存在である「あなた」に向けられたものではない。「群青日和」最後の謎も「あなた」=フレイザード説に立つことで答えが見えてくる。フレイザードを教え導かねばならなかった人物とは、彼の生みの親にあたる魔王ハドラーである。


「オレの人格には歴史がねェ」
「ハドラーさまがオレを造ってから…まだ一年足らずしかたっていない…だからオレは手柄が欲しいんだ たとえ百年生きようと千年生きようと手に入らねえくらいの手柄がな!!」
 これは、なぜそこまで勝利に執着するのかと問われたフレイザードが自ら語った言葉だ。勝利の栄光を渇望する心の裏側にあったのは、自分を認めてもらいたいという幼さゆえの不安。だが、親であるハドラーはそれを満たしてくれなかった。代わりに与えられたのは氷炎魔団長の地位と、大魔王バーンへの忠誠の証である「暴魔のメダル」。戦場で手柄を立てなければ認めてもらえないという不安が、勝利の瞬間の快感と仲間の羨望のまなざしを求めた暴虐へとフレイザードを走らせていた。「教育して叱ってくれ」と叫んでいるのは、愛に恵まれなかったフレイザードの心も同じかもしれない。

おわりに

「教育」は『ダイの大冒険』全体を貫くテーマの一つでもある。物語全編を通してライバルであった勇者アバンと魔王ハドラー。アバンはダイ、ポップ、マァム、ヒュンケルと弟子を育て導き、彼ら若い世代がアバンの使徒となって大魔王の野望を阻止する。一方ハドラーはフレイザードをはじめ様々な”子供”を生み出していくが、彼らの上司や仲間にはなっても親として教え導くことはしなかった。アバンの使徒フレイザードの勝敗を分けた要因は、まさに教育して叱ってくれる存在がいたかどうかだったのだ。


 そして、「群青日和」が収録されたアルバムのタイトルもまた「教育」!どうやら東京事変というバンドは壮大な『ダイの大冒険』の二次創作を試みていたのかもしれない。


教育

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  • アーティスト:東京事変
  • ユニバーサル ミュージック (e)
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