とろろ豆腐百珍

読んだ本の感想などを書きます

そして男は海に向かった ――その後の「耳なし芳一」考

 怨霊に取り殺されそうになった盲目の琵琶法師芳一が全身にお経を書いて逃れようとするが、耳にだけお経を書き忘れてしまい怨霊に耳を取られてしまう。

 

耳なし芳一」を初めて聞いたときから思っていたのだが、耳を失った後の芳一は怨霊退治に無双できるのではないか。怨霊は耳以外の芳一の体を見ることも触れることもできないので、いわば芳一は怨霊からのダメージが全く通らない状態にある。さらに「鬼神も涙をとどめ得なかった」*1と評される琵琶の音曲で敵をおびき寄せ、霊体に働きかけることができる。しかも唯一の弱点だった耳はすでに失っているので、耳(=核〔コア〕)を突かれることもないだろう。芳一は耳を失う代わりに攻守に隙のないゴーストスイーパーに生まれ変わったのだ。

 

 原話の「耳なし芳一」は芳一の逸話が知れ渡った結果大勢の貴人が彼の弾き語りを聞きにくるようになり、芳一は金持ちになった……とハッピーエンドで終わっているが、せっかくなのであり得たかもしれない「その後の耳なし芳一」を考えてみたい。

 

 先ほども言ったように、耳を失った芳一は怨霊退治にうってつけの資質を備えているので、読者としては続編に第一部を超えるバトル展開を期待したいところだ。ただし「耳なし芳一 エピソード1」では和尚さんに守られるばかりの無気力な若者にみえた芳一には戦う動機が必要になる。そこで考えられるのが耳なし芳一が「失った耳を取り返す」ための戦いである。

 

 そもそも「平家物語」に、切り落とされた腕を取り返しに人間に化けた鬼が屋敷に訪ねてくる逸話が収録されているなど、古来から人と鬼は体の一部を奪い合う関係にあった*2。また怪異に奪われた体の一部を取り返すための戦いは、手塚治虫どろろ」のストーリーラインを思い起こさせる。盲目の芳一が耳を奪い返すための道のりには、耳だけでなく彼の見えない目が開くようにという希望も込められているかもしれない。

 

 耳は音楽家にとって欠かせない体の一部であり、ましてや盲目の芳一は聴覚に頼らなければ日常生活もままならない状態だっただろう。奪われた耳を取り返すために、芳一は逃げ去った平家の怨霊を探す旅に出る。行く先々で琵琶を奏でては人々を悩ませる悪鬼や怪異を鎮め、逃げ去った怨霊の行く手を追跡する。京では芳一が将軍家の血を引く高貴な生まれであることが発覚し(覚一検校)、逢坂の関では生霊になった生き別れの姉と巡り逢い哀しい戦いと別離を経験する(蝉丸)など、その旅路は他の有名な琵琶法師のエピソードをなぞったものになるかもしれない(マルチ・ビワ・バース)。

 

 やがて芳一が突き止めることになる平家の怨霊どもの本拠地とはどこか。それは恐らく、第一部の舞台、赤間が関からほど近い、壇の浦の海底にある竜宮城に他ならないだろう。

 

 怨霊たちが芳一に平家物語の弾き語りを所望したのは、壇の浦で亡んだ安徳天皇の霊を慰めるためだった。幼い安徳天皇を抱いて入水するとき、二位の尼が口にしたのが「波の下にも都はございます」という言葉だった。波の下の都、すなわち竜宮城である。竜宮城が登場する伏線は第一部の時点ですでに張られていたのです。

 

 また、死者の魂が集まる山中や海底に存在し、現世と異なった時間が支配する竜宮城はいわば冥界と仙境が合わさった舞台である。髙橋昌明『酒呑童子の誕生』は中世の文献を引きながら竜宮城の苦界としての性格を明らかにしている。

竜宮が亡者の集まる苦界と観念されていたことは、建礼門院の夢に、壇ノ浦で滅亡した平家一門が、竜宮城に現れた、とあることに端的に示されている(『平家物語』灌頂巻六道之沙汰)。竜宮は無明の闇の世界ですらあった(『渓嵐拾葉集』巻一〇八)。*3

 この点からも、芳一が乗りこむ平家の怨霊の本拠地には、壇の浦海底の竜宮城が相応しいと考えられる。

 

 ところで竜宮城に乗りこむ物語の主人公といえば浦島太郎だが、浦島太郎耳なし芳一の間にも不思議な共通点があるのにお気づきだろうか? 今日本で一番有名な浦島太郎の特技を思い出してみれば、その答えに気付くかもしれない。日本で一番有名な浦島太郎といえば、auのCM「三太郎」シリーズの浦ちゃん(桐谷健太)。彼の特技といえば、そう、「弾き語り」なんですよ!

 

 浦島太郎=弾き語り=耳なし芳一。まさか「その後の耳なし芳一の足跡が浦島太郎にまでつながっているとは。このつながりが明らかになることで、一気にエンディングまでのストーリーが見えてきた。それはおよそ次のような悲しい物語になるだろう。

 

 幾多の苦闘を乗り越え、ついに竜宮城で安徳天皇の怨霊を打倒した芳一。奪われた耳と目を取り戻し海から上がった彼の前には初めて目にする故郷の光景が広がっている。しかしそこは彼が昔暮らした赤間が関とは何もかもが異なる土地だった。芳一が竜宮城で過ごすうちに地上では数百年の時が流れてしまっていたのだ。和尚さんと暮らした阿弥陀寺も今はなく、変わらず耳に聞こえるのは波の音ばかり。芳一は光を取り戻した目から生まれて初めての涙を流し、ようやく自分の思いに気付く。奪われた耳をどうしても取り戻したかったのは、君(和尚さん)の笑い声をもう一度聴きたかったからなのだと。……時は流れ、かつての耳なし芳一は今日も海に向かい、琵琶を鳴らして歌い続けていた。
「空の声が聞きたくて 風の声に耳すませ 海の声が知りたくて 君の声を探してる」*4
耳なし芳一 第二部完)

 

 山崎貴監督の映画化オファーをお待ちしてます。タイトルは「EARLESS 耳なし芳一」。

 

*1:ラフカディオ・ハーン南條竹則訳『怪談』光文社、2018年、p17。「耳なし芳一」の原話には様々なパターンが存在するが、この記事ではハーン著南條訳を参照した。

*2:髙橋昌明『定本 酒吞童子の誕生』岩波書店、2020年、p3。この説話は屋代本『平家物語』「剣の巻」に収録されている。

*3:前掲、p132。

*4:浦島太郎(桐谷健太)「海の声」(作詞 篠原誠、作曲 島袋優)2015年。