とろろ豆腐百珍

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ダウンロード百合/アンインストール革命(月村了衛SFマガジンインタビュー感想)


 SFマガジン2019年2月号〈百合特集〉に掲載された月村了衛のインタビューがnoteに公開された。『機忍兵零牙〔新装版〕』の発売に合わせての公開だが、このインタビュー読みたさに、早くもプレミア化しているSFマガジンAmazonのほしい物リストにぶちこんでいたところなので大変ありがたい。

『機忍兵零牙〔新装版〕』刊行! SFマガジン百合特集・月村了衛インタビューhttps://www.hayakawabooks.com/n/n179ebde4759a


 インタビューの冒頭で「今の読者は「百合という概念」をあらかじめダウンロードし、インプットした上で作品に接する傾向があるのではないか」という指摘がされている。


 百合という概念。概念としての百合。


 この感覚は「萌え」にも通じ、「ある時期から、それこそ「侘び」「寂び」に並ぶくらい、日本人にしか理解できない感性として、「萌え」が一般化して」いったと。
 その先に「戦闘美少女は学者の頭の中にしかいない」という至言が飛び出すのだが、それはひとまず措いても、現代の読者が「百合」や「萌え」の概念を感覚としてダウンロードして作品に接しているという指摘は腑に落ちまくる。
 逆に言えば、時代の移り変わりに伴って、かつての読者がダウンロードしていたが今は失われた概念も存在するだろう。例えば自分が『田舎教師』や『耽溺』を読んでも田山花袋や岩野泡鳴が目指した「自然主義」を感覚として体得することはできかったし、高橋和巳が『邪宗門』で理論を尽くして説く「世なおし」の可能性も幼稚な夢想としか思えなかったが、乗馬鞭を振り回す阿礼お嬢様へのときめきは確かにあった。


 革命思想をアンインストールした現代人はツンデレお嬢様に萌えることができる。


 月村了衛は百合に限らず読者の傾向について「作家として、「現代とはそういう時代なのだ」と認識しているのとしていないのとでは大違いだと思う。時代認識を失ったときに作家は終わるのだと、実感として強い信念を抱いています」と語っている。
 現代の読者が何をダウンロードしているかを認識することが作家に求められ、現代の読者が何を失ったかを認識し、過去の作品を読むための概念を再ダウンロードさせることが解説者に求められる。
 おい、お前のことだぞ、講談社文芸文庫の解説陣。仕事しろ。

機忍兵零牙〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)

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  作家・月村了衛が〈忍者もの〉の本質のみを抽出し現代の読者に向けてドラスティックに換骨奪胎したSFゴシック忍法帖にして究極の百合小説『機忍兵零牙〔新装版〕』今すぐ買って読め!!!