とろろ豆腐百珍

読んだ本の感想などを書きます

朝ドラが嫌い(佐藤卓己『青年の主張 まなざしのメディア史』)

 朝ドラが嫌いだ。

 朝ドラを嫌いな人間にとって家族そろっての朝の食卓は一家団欒の証ではなく、不愉快な一日の予告編でしかない。わが家の食卓でもいつも朝ドラが流れていたが、町子だの陽子だの梅ちゃん先生だのの恋の行く末や事件の展開について語り合う両親の会話をよそに、不機嫌に黙り込んでただ食物を咀嚼し続けるだけの15分間を毎朝過ごしていた。

 一年の計は元旦にあり。ならば一日の計は朝食にあるはずで、その時間を不機嫌なまま過ごすことはその日一日の不調につながり、それが毎朝続けば人生全体の不調につながるに違いない。朝ドラの存在が少年時代の自分の人格形成にマイナスの影響を与えた可能性だってあるのだ。

 

 清く明るく美しく、どんな困難にもめげずに立ち上がり、小さいけれどたくましく自分の人生を懸命に歩んでいきます! こうした主人公像は多かれ少なかれ朝ドラを見たことがある人の多くに共有されていると思う。

 2010年ごろ、「海空花子」というネタを吉本のアロハという(もう解散してしまった)コンビがやっていた。どんな時でも全力ダッシュ、唐突に「うちには夢があるんです」と語り出す、失敗を注意されても「うち、関西出身やから」、工場のライン作業でも「ひとつひとつに魂込めたいんや!」、「上を向いて歩こう」を大声で歌い、「うちはダルマや、転んでも起き上がる、海空花子です!」…

 このネタが成立するのも観客に”海空花子”的ヒロインのイメージが共有されていたからだ。もちろん「最近の朝ドラにはそんな主人公はいない」という声はあるだろうが、実際のドラマの内容ではなく視聴者のイメージとして”海空花子”は存在する。

 YouTubeから直接開かないと再生できないみたいですが、一応)

 

 自分が朝ドラを嫌いなのもこの現実離れした模範的少女”海空花子”が鼻につくからだとずっと思っていたが、どうも少し違うことに佐藤卓己『青年の主張』を読んでいて気が付いた。

 

 佐藤卓己『青年の主張 まなざしのメディア史』は朝ドラと同じNHKの国民的番組として1955年から1989年(後継番組の「青春メッセージ」は2004年)まで放送された「青年の主張」を「内容・真偽」ではなく「形式・影響」に注目して研究したメディア史の本。毎年成人の日にNHKホールから生中継された「青年」たちの主張とそれに対する反応の変遷が全年度にわたって詳しく分析されており、「青年」から「若者」への若年層の拡大と主体の変化や「感動ポルノ」、「意識高い系」といった現代の若者・メディア論につながる部分もあって面白かった。430ページは分厚いけれど。

 小学生の少年T、つまり著者が「青年の主張」に興味を持ったきっかけは、お茶の間でこたつに座りながら番組を見ている時に背中に感じた「教育のまなざし」の居心地の悪さだという。サブタイトルにも掲げられているその「まなざし」とは、「青年の主張」出場者に向けられた年配世代のまなざしであり、成人の日の新聞の社説や国会前デモに参加するSEALDsに感激する高齢者が若者に向けるまなざしと同類だ。

かつて少年Tが感じた「居心地の悪さ」を私はようやく言語化できるようになった。しばしば指摘される「青年の主張っぽい」内容でも、あか抜けない発話スタイルではなく、それを優しく、かつ無責任に直視できる大人のまなざしに少年Tは反発していたのである。そのまなざしの求めに応じた青年の側にも責任はあるとしても、この「まなざしの共犯関係」でより大きな責任を問われるべきは大人の視聴者、それを伝えたメディアである。 (p17)

 

 自分も少年Tと全く同じだ。自分が朝ドラを嫌いな理由も、”海風花子”が嫌いだからではなかった。”海風花子”を無責任に肯定できる大人のまなざしに反発していたからだった。

あまちゃん」ブーム以来人気が復活したといわれる朝ドラだが、その物語が依然として主人公の人生を演じる女優と同じ10代後半~20代の若者ではなく年配世代のまなざしに支えられているのは明らかだろう(次作「半分、青い。」の宣伝文を見よ!)。

失敗って、楽しい。今日とは違う明日が、きっと見つかるから――

私たちの社会は、いつから失敗を恐れ、許さないようになってしまったのでしょう。そんな社会は窮屈です。

故郷である岐阜県と東京を舞台に、ちょっとうかつだけれど失敗を恐れないヒロインが、高度成長期の終わりから現代までを七転び八起きで駆け抜け、やがて一大発明をなしとげるまで、およそ半世紀の物語を紡ぎだしていきます。

何かを半分失っても、ほかのやり方で前に進めばいい。

あぶなっかしくもバイタリティーあふれるヒロインの冒険が、2018年の朝を明るくします。 

(引用:《平成30年度前期 連続テレビ小説》は北川悦吏子さんのオリジナル作品に決定! 半分、青い。 |NHK_PR|NHKオンライン

 

 しかもそこには「教育のまなざし」だけでなく、舞台となる古き良き時代への「郷愁のまなざし」も加わってくる。それに応えようとする限り、東京五輪大阪万博、平成改元とメモリアルなイベントが近付くたびに「ALWAYS」的で「海空花子」的な朝ドラが出てくるんだろうなと思う。

 

青年の主張:まなざしのメディア史 (河出ブックス)

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