とろろ豆腐百珍

読んだ本の感想などを書きます

ノワールと機忍兵零牙について

 アニメ『ノワール』と『魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語』を見た。

 前回投稿したまどマギの二次創作がハーメルンでそれなりに読んでもらえたようなので、まどマギの話をしたほうがいいのだろうが、『ノワール』について書く。以下ネタバレです。

 

 殺しの技術の他に一切の過去の記憶を持たない女子高生霧香と、家族を惨殺した犯人を追うマフィアの娘ミレイユの二人が暗殺ユニット「ノワール」を結成し、「過去への巡礼」へ進んでいくというストーリー。原案・脚本・構成月村了衛の作品らしく、流れるようなガンアクションと、死の運命で結ばれた女同士のアンニュイな感情のやり取りがこれでもかとばかり濃密に描かれる。つまりはフィルム・ノワール✕百合。

 作中で繰り返し霧香とミレイユの道行きは「過去への巡礼」と表現され、『ノワール』の主人公たちは常に「自分は何者なのか」を問われている。三人の登場人物霧香、ミレイユ、そしてクロエ(「私とあなたは「真のノワール」」と告げ霧香に執着する、秘密結社ソルダの刺客)はともに過去の記憶に自分の存在証明を求めている。

 過去の記憶を奪われた霧香は「私は誰」と自問し続け、「全てがわかれば、あんたを殺す」と告げるミレイユは一家惨殺の過去と結び付いているはずの霧香の記憶だけを絆に霧香との一時的な関係を結び、霧香に憧れて暗殺者になった過去を持つクロエは霧香と「真のノワール」になることを夢見る。

 霧香、ミレイユ、クロエ、三人の過去は絡まり合いながら最終話一つ手前の第25話「業火の淵」で最高点を迎えるのだが、この回の三人の構図、立ち位置の入れ代わりが完璧すぎる。

 ソルダの暗殺者として育てられミレイユの両親を自らの手で殺した記憶が蘇った霧香は、ミレイユの前から姿を消し、クロエとともに「真のノワール」となる儀式のための禊(全裸で抱擁、接吻)を済ます。感極まるクロエ、無表情の霧香。式場に追いついたミレイユに銃を向ける霧香「ここはあなたの来るところではない」。当然のように殺し合う霧香とミレイユ。決着の寸前、ミレイユの投げた時計が落ちてオルゴールが流れ、ミレイユの母が遺した言葉が霧香の手を止めさせる。

 割って入ったクロエがミレイユを襲うが、霧香の銃弾がクロエのナイフを折る。愕然として声を震わせるクロエ「どうして……?」。嘘つき、と詰りながらクロエは霧香を襲う。

「パリで暮らすあなたとミレイユは、とても、とても私だったのに! 私のはずだった!」

 武器を手放し、お願いクロエ、もうやめて、と懇願する霧香。クロエは涙を浮かべ、霧香にもらった思い出のフォークを投げ捨てる。霧香は安堵するが、クロエは霧香に背を向け、ナイフを手にミレイユへと走る。咄嗟にミレイユを庇った霧香はクロエの胸にフォークを突き刺していた。記憶の中の霧香を見ながら、憧れの「ノワール」の名を口にして息絶えるクロエ。

「クロエはもう一人の私だった……。私は人を殺せる、人を殺して、私は悲しい……」

 クロエを葬り悲しみに暮れる霧香。もうオルゴールの鳴らない時計を握りしめ、霧香に声をかけるミレイユ。「行こう、霧香。まだ終わりじゃない」。血に濡れたフォークを手に涙を流す霧香をミレイユは抱かない。「行くわよ、霧香」「……うん」。ミレイユの銃に添えられる霧香の手。クロエの遺体にフォークを供え、二人は最後の戦いに立ち去る。

 

 三角関係をこれだけ美しく構築できるのは夏目漱石月村了衛だけ。

 一番切ないのは今まで霧香への想いだけを表していたクロエの、ミレイユへの嫉妬が吐露されるところ。『ノワール』の物語はミレイユから見ると、「真のノワール」である霧香とクロエに対して、当て馬として用意された贋者に過ぎなかったミレイユが、霧香の本当の相棒としての自分をつかみ取るまでの道のりになっているが、贋者であるはずのミレイユの立ち位置こそクロエが望んでいたものだったという皮肉。いわば真贋の反転。なんて劇的。

 そして最終話「誕生」で霧香とミレイユは「真のノワール」となることを拒否するが、そうして戦い続ける二人の姿こそ原初ソルダを体現する「真のノワール」そのものであり、これまでの巡礼そのものがノワール誕生のための儀式だったのではないか、と思わせるところで『ノワール』は終わる。

 この説を認めると結局二人の道のりはソルダの思惑通りだったということになってしまい、過去に起因する不条理な世界の運命から逃れた自分はあり得ない、という結論になってしまいそうだが、霧香が過去からの訪問者であるクロエを斃してミレイユを選び、ミレイユが憎むべき過去の象徴である霧香を赦した上での結末である以上、不条理な世界の運命を自らの意志で捉え直し、選び直すまでの物語と見ることも可能だろう。

 自分は月村了衛の小説は『機龍警察』1作目と『機忍兵零牙』『コルトM1851残月』『天下の副編集長水戸黄門』しか読んだことがないが、「自分は何者なのか」という問いに、過去の記憶を探り、不条理な運命を捉え直すことで答えを出していく月村作品がこの中にもある。『機忍兵零牙』だ。

 詳しくあらすじは書かないが、『零牙』では「さだめ」「記憶」「真贋」といったモチーフが重要な役割を果たしている。光の忍者である光牙の忍びは「本当の世界」の記憶を求めて戦っているし、「陰忍」として本物の姫君を殺して姫に成り代わった贋者の真名姫は罪の記憶に苛まれ、骸魔の忍びとしてのさだめと、光牙者の少女・螢牙との友情のはざまで苦しんでいた。さだめに従い真名は螢牙を殺すが、螢牙は真名を赦し、力と記憶を真名に継承させる。主人公零牙は「螢牙の『記憶』を持ち、『螢火』の術を使う者―それ即ち光牙の螢牙よ」と告げ、「真名」は「螢牙」になった。

 この結末も真名が忍びのさだめに従って生きていくことに違いはないが、螢牙に赦されたことで過去を克服し、陰から光へとさだめを捉え直した構図になっている。霧香とミレイユがノワールを継いだのと同じように、真名も螢牙を継いだといえるのではないか。 

ノワール』も『機忍兵零牙』もいってしまえば自分探しの物語に過ぎないが、月村了衛一流の劇的な構成と(時にトンデモな)演出により、記憶に残る作品になっている。

 そして、いつだって、過去に赦しを与えてくれるのは女同士の情念なのだった。

 

 もっとも、同じようなテーマで既に青柳美帆子さんが評論を書かれているようなので、月村了衛ファンの間では当たり前の話なのかもしれない。ともかく『ノワール』を初めて通しで見て感動したので、その記念に書き連ねてしまった。

小特集◎『機忍兵零牙』×『ノワール』 ・評論 彼女たちの名前 『ノワール』夕叢霧香と『機忍兵零牙』真名 青柳美帆子 では、『未亡旅団』よりも『ノワール』に近い光景を描いているのは、どのような作品なのか? そう、『機忍兵零牙』である。 『ノワール』と『機忍兵零牙』は、「『私』とはいったい何なのか」という問いかけが作品を通して描かれ、最終的に登場人物がその答えを得るという構成になっている。

5月4日の文フリで月村了衛『ノワール』のファンブックを頒布します - アオヤギさんたら読まずに食べた

  

 

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機忍兵零牙〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)

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(機忍兵零牙は6月に新装版が出るらしいのでみんな読んで)