とろろ豆腐百珍

読んだ本の感想などを書きます

正月バフの菊菜、エピグラフの楽しみ方、ノーサンガー・アビー

 あけましておめでとうございます。

 年末年始は大晦日と元旦だけ実家に帰り、あとは自宅でいつも通りに過した。

 ので、すでに特別感のない普段の連休明けと同じ感覚になっているのはいいことなのか、悪いことなのか。

 帰省するとき家族に春菊を買ってくるよう頼まれてスーパーに寄ったら「菊菜(京都の春菊) 490円」しか残っていなかった。春菊1束で約500円。あらゆるものが正月バフで値上がりしている。菊菜(京都の春菊)は大阪に住んでいたときもよく食べていて、春菊(東京の菊菜)よりも根付きで葉っぱの量が多い気がして好きだった。すき焼きにして食べました。

 

 ジェイン・オースティンの『ノーサンガー・アビー』を読んだ。

 ゴシック小説好きの少女をヒロインにした、19世紀イギリスのラブコメ小説。主人公キャサリンのセリフがカー『歴史とは何か』のエピグラフ*1に使われていたことから知ったのだけど、長い物語の中でほかにも力強い警句や励ましがたびたび出てきて面白かった。作者が地の文にどんどん顔を出してきて、そんな言い切る?って断言してくるので笑ってしまう。

 

 本についてるエピグラフ的なものやそれを面白がること、昔は気取りやがってムカつくぜと思っていたけど、今は一周回っておしゃれだ!と受け取れるようになった気がする。でもそれは「いやー、やっぱりこのクサさがたまらないですよね……」という”あえて”の楽しみ方をしているだけであって、素直に楽しむことはもうできなくなってしまったかも……。

 中二病と揶揄されるものを嫌悪した時期を経て大人になった人が、あえてそのクサさを楽しむような姿勢をとってしまうのと同じです。なぜ私の中でエピグラフ中二病のイメージになっているのかというと、多分BLEACHのせい。

『ノーサンガー・アビー』のキャサリンも小説のヒロインになるための修行に励んだり、妄想と現実を取り違えたりして失敗するが、その純粋さがまぶしくて読んでいるこちらが照れてしまうようないい主人公で、いい小説だった。

 

 

 

 

*1:不思議だなって思うことがよくあるのですが、歴史の本ってほとんど作りごとでしょうに、どうしてこんなにもつまらないのでしょう。(近藤和彦訳『歴史とは何か 新版』より。中野康司訳『ノーサンガー・アビー』では「でも、よく不思議に思うの。歴史書の大部分は作り話なのに、なぜこんなに退屈なんだろうって」。清水幾太郎訳『歴史とは何か』では「八分通りは作りごとなのでございましょうに、それがどうしてこうも退屈なのか、私は不思議に思うことがよくございます。」)