町屋良平「1R1分34秒」を読んだ。
昼休みに喫茶店で読んだのだが、この疾走感は何なのだろう。
休みを切り上げて職場に戻ってもまるで仕事をする気にならない。
そのとき手元にあったメモ帳には
「文字を追う眼球を思考の速さが追い越して毛細血管をふっとうさせる」
と走り書き。要は文章のリズムがいいということなのですが、気取ってるね。
運動とリンクしたボクサーの思考の速さが、文章を読み進める自分にも乗り移る感覚があった。
デスクに座ってパソコンに向かってる場合じゃねえ!という衝動があった。
とりあえず高速でメールをタイピングした。
ファイルを添付し忘れた。
小説のなかで主人公の「ぼく」が同性と肉体的に接近する場面が二度ある。
一度目は眠っている「友だち」の手のひらの傷に消毒薬を塗る場面、二度目はトレーナーの「ウメキチ」にふくらはぎを揉まれる場面。
ここの場面がとてもよかった。BL的切なさとはちがう形で、男性同士の関係性を身体感覚を介して表現しているのがすごい。
うーんと唸り、眉を寄せて痛みの夢をみても、友だちは起きない。ぼくはおもしろくなって、汚れをながす用途と兼ねるよう贅沢に、消毒液をぜんぶ友だちの手のひらに注ぎきった。ピンクに染まった皮膚のなかをちいさく菱型にかさなって破れた擦り剥き傷を洗いながすと、二センチほど岩で切ったのだろう切り傷の全貌があらわれてふたたび血を吹きだし、ブクブクと呼吸するようだった。朝陽に反射して、友だちの傷がキラキラひかった。縫うか縫わないか微妙なサイズの傷だ。それほど深くはなさそうだけど、血が充満していて奥までよくみえない。ねむる友だちの傷をみているぼくは妙にきもちがおちついて、いつしかこくこく眠りにおちていた。
11月号の『新潮』に載っています。