とろろ豆腐百珍

親知らずの炊いたん食べたいね

おたくたちのセーラー服と機関銃

 最近『セーラー服と機関銃』という映画を観た。橋本環奈や長澤まさみではなく薬師丸ひろ子主演のやつだ。

 薬師丸ひろ子の無垢な可愛さと二作目の相米慎二監督ら演出を手掛ける大人たちのギラギラに尖った暗いエネルギーが互いを際立たせていて面白かった(中高生のときに前情報なしでいきなり見せられたら、は? となるだろうなとも思った)。

 

 映画の中で一つ気になったのは薬師丸ひろ子が何度も呼びかける「おたく」という言葉だ。もちろん現在の声優オタク、プラモオタク、アニオタ、ドルオタ……といったある分野の重度のファンを意味する「おたく」ではないし、キモイやつという蔑称としての「おたく」ではない。そうした意味を与えられる前の、ただの二人称としてのおたく、いわば原「おたく」である。

 

 おたくが今のような意味で使われるようになった起源には諸説あるが、Wikipediaに紹介されている

 1983年中森明夫が『漫画ブリッコ』のコラムでコミケに集まる集団を「この頃やたら目につく世紀末的ウジャウジャネクラマニア少年達」「友達に「おたくら さぁ」なんて呼びかけてるのってキモイと思わない?」と評し、「彼らをおたくと命名する」と蔑称・名詞として用い、以後アニメ・SFファンはおたくを自認するようになった 

というのが一番メジャーな説だろう。で、なぜ当時のマニア少年が「おたくら さぁ」という二人称を使っていたかというと、「君」「お前」「あなた」といった言葉につきまとう上下関係を超えて、対等な関係を築ける呼びかけとして使われたらしい(これもWikipedia説)。

 一方、ネットに上がっている実際におたくだった人たちの見解は

わたしが知る限り、所謂おたくの人々に「おたく」という二人称を使わしめるきっかけとなったのは平井和正である。
 (……)彼に「ウルフガイ・シリーズ」という佳作がある。これは不死身の狼男が主人公である一連の(正確にはニ連の、である。そんな言い回しはないが)ハードボイルドSFなのだが、その主人公犬神明が「おたく」という二人称を使っていた。私が中学高校の頃には私を含めこの作品に影響を受けた友人が多数おり、我々の間で「おたく」という二人称がしばしば使われていた。同じような人間は全国に多かったのではないかと思う。(Sorekika 【第78回】

 

超時空要塞マクロス』のヒカルというキャラクターは、相手に対して使う第二人称として「おたく」という言葉を用いた。元来これは、ちょっと不良っぽい、もしくはヤクザがかった人が斜に構えて相手に声をかける場合に使う第二人称の呼称であり、少なくとも当時はこの言葉はなかなか格好がよかったため、ニヒルを気取った者は結構よく使っていた。当時アニメファンだった連中は、内心自分はインテリだと思って気取っていたせいか、この言葉を好んで使う傾向があった。 (WWF No.17 用語解説「おたく」

 といったものだ。また、上に挙げた二つのサイトでは岡田斗司夫の「そもそもおたくはコミケなどで見ず知らずの人間と積極的にコミュニケーションをとる。そのときに用いる二人称が『おたく』なのである。即ち『君』や『おまえ』が通用しない非日常の空間に多く接するのであるから、おたくという人種は一般の人間以上に外向的であるのだ」という「おたく肯定論」が紹介されている。

 

 まとめると

・おたくという二人称は『ウルフガイ・シリーズ』(1971~1995年)や『超時空要塞マクロス』(1982~1983年)といったオタク的作品を通して全国のアニメ・SFファンに広まっていた

・君やおまえと異なり上下関係を含意しないおたくは、コミケなどであまり親しくない人間同士が対等なコミュニケーションを築いていく際の呼びかけとして好都合だった

・おたくという二人称を使うような人々を指す言葉として1983年に中森明夫が「おたく」を提案し、蔑称として定着した

といった感じだろうか。

 

 いよいよ本題だが、映画『セーラー服と機関銃』(1981年)で「おたく」という呼びかけは上に挙げた「あまり親しくない人間同士が対等なコミュニケーションを築いていく」意味で使われているのだろうか。

 

 映画の中で「おたく」という言葉は、星泉薬師丸ひろ子)から相手への呼びかけとして同級生三人組へ2回、舎弟のヤクザへ2回、敵対する浜口物産の連中へ1回、計5回使われている。

 この内同級生三人組は高校での泉の友達、というより校門にヤクザが押し掛けてきた際の「泉ガードして帰るべ」や「(泉は)他をあたらなくてもさ、3人確保してるわけだもん、恋人」というセリフから今でいうところの姫と囲いのような関係がうかがえる。

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柳沢慎吾が同級生役で出演。この映画の登場人物では演技も役柄も一番まともな方である。画像は2000年のDVDから)

 泉は彼らに対して「おたく」と同じニュアンスで「ユーたち」というジャニーさんのような呼びかけをしている場面もある。

 

 舎弟へおたくと呼びかけるシーンは中盤に1回、終盤に1回、いずれも泉が目高組四代目組長として彼らと打ち解けた後に出てくる。

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(最後の殴り込み中にのんきなやりとり。クルージングとはゲイのこと)

 これらの場面から、同級生にせよ舎弟たちにせよ親しい仲の相手に対して気軽な呼びかけとしておたくが用いられており、親しくない人間同士の呼びかけという説明は当てはまらないことがわかる。泉は反発している父の愛人マユミ(風祭ゆき)に対しては「あなた」と呼びかけており、おたくはむしろ親しい仲の相手に対してだけ使われているように見える。

 一方で舎弟たちにも友達のように接しようとする泉が、組長と舎弟という上下関係を超えた対等な仲間への呼びかけとしておたくを使っているとは言えるだろう。

 

 しかしおたくが親しい相手への呼びかけとしたら浜口物産への殴り込みで”クルージング”の政(大門政明)が殺された怒りから「死ねば、おたくら!」と叫んだことは矛盾しているように思える。

f:id:yudoufuksk:20170810034226p:plain(カ・イ・カ・ンの後オタクを罵倒する薬師丸ひろ子

 この「おたくら」は「あんたら」ぐらいのニュアンスだろうか。他の場面での「おたく」も「あんた」と同じようなフランクさであり、おたくという呼びかけの特徴は他人行儀な「あなた」などとは異なる気軽さにあるのかもしれない。

 

 『セーラー服と機関銃』における二人称「おたく」は現在のオタク論で語られるものとはニュアンスが異なり、上下関係を超越した(多くは親密な相手への)気軽な呼びかけであった。

 そして、中高生の間で大ヒットした『セーラー服と機関銃』が『マクロス』や『ウルフガイ』と同じように1983年以前におたくという二人称が日本各地で使われ出す原因になった可能性もあるかもしれない。

 

 ところで、引用させてもらったSorekika WWFといったサイト(同人サークル?)の記事は1998年、1997年に書かれたインターネットの遺物のようなものだが、少なくとも1983年の「おたく」誕生以前からおたくであったこれらのサイトの人々がオタクが市民権を得た2017年の今何を思っているのか、それが今度は聞いてみたくなってしまった。