とろろ豆腐百珍

読んだ本の感想などを書きます

読書

ナイチンゲール

コールリッジの詩「ナイチンゲール」に、過去の詩人の受売りをしたままにナイチンゲール(小夜啼鳥)を憂わしげな鳥と表現するような紋切型への批判を込めた一節がある。 「ほら聞いてごらん、小夜啼鳥が歌い出したぞ、 『調べ妙にしていとも憂わしげな』鳥…

因習、横溝、寝取られ

今度「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を観に行くつもりだ。映画を観た人の感想によく出てくるいわゆる「因習村」について、なんとなくのイメージはあるものの具体的な映画や小説で触れたことがなかったため、この機会に「因習村」といえば……とよく名前があがる横溝…

ブラウン神父の童心

チェスタートンの推理小説『ブラウン神父の童心』を読んだ。創元推理文庫の新版で、中村保男の訳。帯文には「新版 新カバー」とあるが、新訳ではなく旧版(1982年初版)の訳をそのまま使っているようで、現代日本語としてはやや不自然な文章で少し読みづらい…

論理のYU-GI-OH!

またまた山田風太郎のこと。 私が初めて触れた風太郎作品は一番メジャーな『甲賀忍法帖』で、その後『戦中派不戦日記』を読んで衝撃を受け、『虫けら日記』『不戦日記』から『復興日記』までの「戦中派日記」にドハマリした。実は『不戦日記』を最初に読んだ…

ポコモコ王国からの招待状

先週の『女甲冑騎士さんとぼく』に「中学生は”団”が好き」という話があった。 tonarinoyj.jp 私が中学生のころも、”団”、流行ってました。SOS団とか、ワサラー団とか、モンハンのなんかそういうのとか。あとや団(SMA NEET Project)。 『女甲冑騎士さんとぼ…

中島敦の李陵を読み直したらやっぱりよかった

中島敦の『李陵』を久しぶりに読んだ。多分10年ぶりに。 高校3年の春、大学受験があらかた終わりかけた頃に、その日の受験会場のついでに回った神保町の三省堂書店で新潮文庫の『李陵・山月記』を買って読んだのが最初だから、あれから本当に10年が経ったの…

What's the 青一髪?

西暦一六三七年十二月中旬。 水天をわかつ青一髪もなく、ただ灰色に泡だつ荒涼たる海からくる風は、山と森をその海の波のように吹きどよもした。その秋、ぶきみに焼けた夕雲の下に無数の白花をつけて、人々をおののかせた枯木も、いまは空もくらむほど、もの…

男の絆の比較文化史、妖異金瓶梅

佐伯順子『男の絆の比較文化史』を読んだ。男色、衆道、同性愛、少年愛、あるいは友情といった言葉で表現される男性同士の親密な関係性=〈男の絆〉がどう描かれてきたか、中世の稚児物語から現代の漫画までを通して概観できる本。夏目漱石の『坊っちゃん』…

南の雪とだめになったぼくたち(陸秋槎『雪が白いとき、かつそのときに限り』、魯迅『酒楼にて』)

陸秋槎の小説『雪が白いとき、かつそのときに限り』を読み返していたら、序章の中に北と南の雪の違いについての一節を見つけた。 南の土地の雪というのはあまり見栄えのしないもので、縮こまり氷の粒になってしまうか、もしくはべちゃりと広がった姿で一団一…

山田風太郎と『蛍雪時代』──戦中派受験小説

はじめに 山田風太郎といえば『甲賀忍法帖』や『警視庁草紙』などを書いた時代小説の大家というイメージがあるが、もともとは江戸川乱歩に見出され推理小説でデビューした人だった。 ……と思っていたが、実は風太郎はデビュー以前に『受験旬報』(後に『蛍雪…

司馬遼太郎の大阪外語入学年を特定した記録

はじめに 司馬遼太郎が大阪外国語学校に入学したのは、1941年か、1942年か。 ふとしたことから、この単純な「年号」の記述が本や論文によって異なることに気がついた。 結論から言うと、正解は1942年である。 だが、それを特定するまでがなかなか大変だった…

正月バフの菊菜、エピグラフの楽しみ方、ノーサンガー・アビー

あけましておめでとうございます。 年末年始は大晦日と元旦だけ実家に帰り、あとは自宅でいつも通りに過した。 ので、すでに特別感のない普段の連休明けと同じ感覚になっているのはいいことなのか、悪いことなのか。 帰省するとき家族に春菊を買ってくるよう…

『即興詩人』森鷗外の恋愛シミュレーションゲーム的可能性

アンデルセンの長編小説『即興詩人』を読んだ。 日本では『舞姫』『うたかたの記』『文づかい』と同じような、森鷗外の擬古文による翻訳が有名な作品。私はもともと鷗外が擬古文で書いた三部作が好きで(それこそ昔下手なパロディを試みたことがあるくらい好…

『神クズ☆アイドル』感想 ファンとアイドルのエネルギー相互補完問題

いそふらぼん肘樹『神クズ☆アイドル』の1〜6巻を読んだ。 いや、め〜ちゃくちゃおもしろい!!!! 神クズ☆アイドル: 1 (ZERO-SUMコミックス) 作者:いそふらぼん 肘樹 一迅社 Amazon 作者の肘樹さんのことはWEBラジオ『人生思考囲い』にゲストで出演していた…

サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』

いずれすべては海の中に (竹書房文庫) 作者:サラ・ピンスカー 竹書房 Amazon 全体の感想 「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」 「そしてわれらは暗闇の中」 「記憶が戻る日」 「いずれすべては海の中に」 「彼女の低いハム音」 「死者との対話」 「時間流民の…

刺青殺人事件、十三角関係

高木彬光の『刺青殺人事件』と山田風太郎の『十三角関係』を読んだ。 どちらも戦後に登場した新人推理作家がほぼ初めて書いた長編作品(刺青殺人事件は1948年の高木彬光のデビュー作、十三角関係は1956年の山田風太郎初単独長編)で、題材も似ているだけにそ…

打撃マンという思想 あるいは、タイラー・ダーデンはいかに生きるべきか

先日Kindleで購入した山本康人『打撃マン』を読んで、衝撃を受けた。一見するとストーリーはなんてことない、ムキムキの男(ときに女)がどうしようもない小悪党をパンチ一発で粉砕する、それだけの話に思える。しかし、読み終えたときに感じたのは爽快感よ…

レッツゴー怪奇組、リコリス・ピザ、堕落

最近読んだり観たりしたものの感想です。 オモコロで連載されているビューさんの『レッツゴー怪奇組』3巻を読んだ。ちょっと前に発売されてすぐに買ってしばらく積んであったのだけど、安定して面白い。古くなった洗濯機(の霊)の挙動に思い当たる節があり…

久生十蘭『墓地展望亭・ハムレット他六篇』

久生十蘭の短編集『墓地展望亭・ハムレット他六篇』を読んだ。ここ最近ずっと読み進めている山田風太郎の日記の中で、『ハムレット』が褒められているのを見て「へ〜」と思って読んだのだけど、面白かった。風太郎は読んだ本の感想はあまり書かないし、褒め…

そして男は海に向かった ――その後の「耳なし芳一」考

怨霊に取り殺されそうになった盲目の琵琶法師芳一が全身にお経を書いて逃れようとするが、耳にだけお経を書き忘れてしまい怨霊に耳を取られてしまう。 「耳なし芳一」を初めて聞いたときから思っていたのだが、耳を失った後の芳一は怨霊退治に無双できるので…

東京事変「群青日和」の謎を解く――突き刺す十二月と伊勢丹の息が生む魔物

はじめに 東京事変の楽曲「群青日和」の歌詞は謎に満ちている。 一見したところ東京に生きる「わたし」と「あなた」のすれ違いを描いているようだが、個々のフレーズは「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」「高い無料の論理」とそれ自体が曖昧で矛盾をは…

偶然に意味を見出そうとしてしまう話(ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』)

ガルシア=マルケスの『予告された殺人の記録』は片田舎の町で起きたある奇妙な殺人事件に関する証言を集めた物語です。 事件の被害者となったサンティアゴ・ナサールが殺されることはあらかじめ犯人によって予告されており、サンティアゴと一部の人たちを除…

幸田露伴『運命・幽情記』

西遊記を読んだのは小学三年生頃、岩波少年文庫で上中下巻、当時の私には最も長大な本だった。小学生の読んだ印象としては、斉天大聖とか天蓬元帥猪悟能八戒とか、文中に屹立する漢字のトーテムポールが異様にかっこよかった。のちに北斗神拳や法律用語に対…

小澤匡行『1995年のエアマックス』

エアマックスといえば『遊戯王』の城之内が「エアマッスルハンター」に強奪されていたアイテムというイメージしかなかった。私は1995年生まれなので、その頃の空気感のようなものが知りたくて興味を持っただけだったけれど、思わず何足も登場する名作の商品…

江戸っ子VS文明開化 ほろ苦風味(山田風太郎『警視庁草紙』感想)

山田風太郎の連作長編『警視庁草紙』を読んだ。忍法帖シリーズの後に書かれた「明治もの」の第一作。山田風太郎作品のいろいろな魅力が多面的に詰まっていてとても面白かった。 忍法帖が能力者同士による多対多のチームバトルというフォーマットを開発したよ…

魯迅の寂寞と大塚愛「SMILY」

最近は魯迅の小説をよく読んでいる。魯迅は好きな作家で、何が好きかというと悲しい時も悲しい自分自身を疑っているような煮え切らなさが好きだ。有名な「故郷」の「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道の…

あらゆる社会矛盾はバトル漫画に通ず(『かんかん橋をわたって』))

草野誼『かんかん橋をわたって』という壮大な嫁姑・サーガを読んだので、それについて話します。 『かんかん橋をわたって』の舞台となる桃坂町は、川東・川南・山背という三つの地区で成り立っています。主人公の萌は、川南から町をつなぐ「かんかん橋」を渡…

林芙美子『浮雲』の感想

林芙美子『浮雲』を読んだ。戦時下の仏印で出会って恋に落ちた男女二人が、敗戦後の日本で落ちぶれながらどうにかこうにか生きていくというストーリー。私はこの話を、虹を見てしまった人の残酷な運命を描いているなと感じながら読んでいた。 作中で「虹のよ…

もしも学校にテロリストがやってきたら(月村了衛『槐』)

「もしも学校にテロリストがやってきたら」という妄想をしたことがありますか? しかもそのテロリスト相手に自分が大活躍してヒーローになる妄想を。 こんな妄想をしていた人は大体クラスで目立たない内気な少年少女だったと思うのですが、普段目立たない俺…

武田泰淳『ひかりごけ』の感想

武田泰淳の中編小説四篇を集めた新潮文庫本『ひかりごけ』を読んだ。収録順に「流人島にて」「異形の者」「海肌の匂い」「ひかりごけ」と続き、どれも1940年代後半~50年代前半の作品。 四つの作品どれにもいえることだが、光の描写、色彩の描写に力が…